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2007年11月25日 (日)

天津科技大学の中日友好講座第七回 南開大学外国語学院林麗yun院長

天津科技大学の中日友好講座第七回は南開大学外国語学院林麗韫院長による中日関係についての自己体験」というテーマでした。

 まずはご自身の北京大学入学までのいきさつを、生き生きとした語り口でお話下さいました。

 先生の御講演で、特に取り上げられた広島・長崎に投下された原子爆弾、そしてその後の核実験禁止についてのお考えはとても感銘を受けました。私もたくさんの広島・長崎原水禁運動のバッチを持っていました。

 1960年代の日本がどうであったのか、その前後のことは、白黒テレビのニュース画面を思い出すような心持ちでした。日本で、デモをやっていたその同じ時に、天安門でも多くの中国人が支援してくださっていたとのこと。

学生諸君には過去の歴史ですが、実際にその時代に居合わせた人々にとっては、決して遠い記憶ではなく、まるで昨日のことのように鮮明に浮かぶものなのだろうと思いました。

また、林(リン)先生は台湾ご出身ということで、そのことも心惹かれました。

 私も12年前に台湾に友人を訪ねて行ったことがあります。故宮博物館は圧巻でした。もし日本なら、何メートルか置きに、ガラスケースにゆったりと並べられるだろうほどの至極の財宝ともいえる文物が、無造作であるかのように床面に所狭しと並べられていました。その、あまりの価値の高さと量に絶句しました。それと同時に歴史やこの間の複雑な関係についても思い至りました。

 周総理の通訳を務められた林麗院長の暖かなお人柄に接して嬉しかったです。

 一方で、いろいろなことが走馬燈のように巡っていました。子供の頃、父母から戦争中に体験したことを毎晩のように聞かされ、戦争は絶対いけないもの、平和がどれだけ大切かを教えられて育ってきたことを思い出しました。

 父は、川崎の学童動員で芋を作っている時に、顔が見えるのではないかと思われるほどの低空で、アメリカ軍の機銃掃射の攻撃に遭い、芋畑の間に身を伏せ、隣の列の友人はみな、背中から弾を受け、ひっくり返すと、内蔵が全部出て死んでいた時のことを繰り返し私に話しました。同級生だった、後に「焼き肉ジャン」を作った(すでに癌で亡くなった)モランボンの社長と共に助かった話は、目の前でその地面をたたき付ける銃の音と、飛行機の通過する強い風と土と血の匂いを感じるくらいの実感を持って、私の脳裏に焼き付いています。

母の学童疎開の話も壮絶です。薪拾いの話・しらみの話、どんなに心細かったことか。とにかくよく生きていたものだと思うことばかりです。

 戦後のGHQで船に乗っていた父の話しも、強烈です。南の島のどこかで、枕木のように並ぶ米兵の死体。その認識証のネックレスを一人一人確認する作業は、「人間は消耗品なんだ。」と感じたと聞きました。

父は男の人がネックレスをするのを嫌います。その時のことを思い出すからなのです。

私には、映画の一シーンのように、その様子が浮かびます。「風と共に去りぬ」にも、似たようなシーンがありますが、地平線まで続く枕木と思ったものが、近づいていけば、死体だったという、身の毛もよだつような光景と、その上を渡る、生ぬるい臭気を帯びた風と土埃を、そこでも感じてしまいます。

(余談ですが、宮崎駿の漫画で良く風が出てきますが、あれは、さまざまな実感を表現しているのではないか、と勝手に思っています。)

 中国に来て一番強く感じるのは、「私一人ではない」ということです。

 日本にいると、「平和」を語ると、しらける空気を感じ、寂しい思いをすることがママあります。しかし、ここでは、「共に世界平和のために、できることをやりましょう!」と言うと、「一緒にがんばりましょう。」と答えてくれます。

何国人は関係ありません。地球人。人類として、愚かな争いによって人々の命が奪われないための努力を、できる限りする以外ないと強く思っています。

 歩平先生

12月に侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館で開催される国際学術研究討論会について、せっぱ詰まって、歩平先生にお尋ねしました。すぐにお返事を下さいました。今、中日歴史共同研究のために日本にいらっしゃるというのに。

 私のような、何の役職も肩書きもない、重要人物でもない者に、誠意を持って接して下さる歩平先生のメールに胸があつくなりました。

 私に何ができるか分かりませんが、とにかく、出来ることをやっていこうと、また気持ちを新たにしました。

 

古典の授業

 とうとうコンピュータを使って、画面を映し出す授業をやりました。

 ずーっとやりたかったことが実現しました。教室環境の問題はありますが、パワーポイントを新たに作り、次回に臨みたいと思います。

「らくらく古典文法」のページは、

 「古典文法」 の検索結果約 730,000 件中1件目

「古典」の検索結果 約 51,700,000 件中 3件目

「文法」の検索結果 約 10,500,000 件中7件目

もうすぐ15万件のアクセスを頂くまでになりました。これも小林國雄先生を始め、web問題作成ツールを作って下さった入江先生、打ち込みをやってくださった増田さんを始め多くの方々の御陰です。

このページが少しでも皆さんの学習のお役にたつことを祈って止みません。

The theme of the seventh session of the Japan-China Friendship Lecture Series held at Tianjin University of Science and Technology and presided over by the president of Nankai University Foreign Language School Lin Liyun, was about her experiences from the Japan-China relationship. 

First of all, she told us a lively story about herself when she applied for entrance to Beijing University.

She spoke about the atomic bombs dropped on Hiroshima & Nagasaki, and about activism against nuclear tests. Her lecture made a deep impression on me. I also agree with her opinion.

She spoke about Japan circa 1960, and I can still recall the black-and-white TV news from that era. At the time of the demonstrations to stop the US-Japan Security Treaty some Chinese people also gathered for the same purpose at Tian’anmen.

The students must have felt like the events discussed were distant history, but she remembers them clearly.

  Lin Liyun came from Taiwan. That place is familiar to me. I went there to visit my friends 12 years ago. I went to the Gugong Museum at Taiwan. That Museum is the best. Many rooms were filled with many cultural items. Those things have great worth. I couldn’t find any words to say.

And I thought about China and Taiwan.

She worked as an interpreter for Zhou Enlai. She is a very thoughtful person. I felt very happy to meet her.

Many horrible memories passed before my eyes. When I was a little girl, my parents used to talk about what happened in WWⅡ. They told me war was ill, peace is valuable.

When my father was a student he encountered US machine-gun fire. His friends died while he was unharmed. He narrowly escaped death with his friend, who became a CEO afterwards.

  I could imagine that scenery the sounds, the wind, and the smell of earth and blood. 

A violent story my mother told was also intense. They survived by a miracle.

When my father went on board a GHQ ship, he checked American soldiers corpses at some southern island. Those bodies looked like railroad ties. He felt that the humans were consumable goods.

  He didn’t like to see men with necklaces because of they reminded him of dog tags on those dead American soldiers.

I feel I am not alone here. I said, “ Love peace. And do something for peace.”

My students said, “Yes, we will do something for peace.”

We live on the same planet. We are human beings. We should stop stupid conflicts.

Mr. Bu Ping

He is a very famous Chinese historian and delegate. I sent an e-mail to him about Nanjing Museum holding a workshop. He replied immediately. I’m not a VIP. He is a very wonderful person. I cannot possibly put my thanks into words. Only to say, I do my best. 

My lesson

At last, I was able to use a computer in my lesson. I showed my website to my students.

My website comes up if you Google it. The computer in that room was not very good.   But, I will make some power points files for my lesson.

I hope my website will aid in the study of classical Japanese grammar for many students.

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2007年11月18日 (日)

天津科技大学の中日友好講座第六回 元経済企画庁宮崎勇長官

 天津科技大学の中日友好講座第六回は元経済企画庁宮崎勇長官による「世界経済の中の中日経済」というテーマでした。 
 最初に、経済とは「経世済民」=世の中を治め、人民の苦しみを救うことであると教えられ、志したというお話をして下さいました。
 安倍総理の中国訪問と、温家宝首相の日本訪問は、氷が溶けたというより、砕けたという段階であり、これから溶かして行かねばならない。政治と経済は不可分であること。世界的経済収支の不均衡を是正せねばならないこと。そういった中で、アメリカのサブプライムローンの焦げ付き問題は、アメリカに集まった金の運用を誤った結果であること。
 環境問題を置き去りにすることは、結果的に経済的損失となること。社会保障の問題も将来に備えておかないと大変なことになること。経済は倫理と結びつかねばならないこと。ODAは減らすべきではないこと。等々、持論をご披露下さいました。
 一貫して腰の低いお話ぶりで、「実るほど頭の下がる稲穂かな」を体現されている感じがしました。

朝の太極拳枯葉掃除をやりました。やってみたかったのです。あの大きな箒で。使い方を王さんが教えて下さいました。やっぱり広いところを掃除するのは気持ちがいいです。
 教師という仕事の前は、デパートの掃除をやっていたのですが、(これには長いストーリーがあります。)あの時の同僚の皆さんは本当に素晴らしかったです。「人の嫌がる仕事を出来る人は立派」というのが母の口癖で、教師になるなら、生徒が将来そういった仕事に就くことも想定して、人の嫌がる、大学卒ではやらない仕事を経験しようというのが一つの理由でした。塾の講師や学童保育の指導員の仕事も選択肢としてあったのですが、敢えて掃除にしたことで、私の人生はより豊かになったといえる気がします。
 教師になって、学校のトイレ掃除から、掲示板の張り替え、ペンキ塗り、机の修理等、いろいろやりましたが、苦にならなかったのもこの経験があったからだと思います。
 中国での生活も3/4が終わり、あと半年となってきました。寂しい気持ちと、家族との生活が待っている楽しみと、思いは複雑です。しかし、ここでの経験は、私の生涯で得難い、とても素晴らしいものばかりです。皆さん、いろいろありがとうございます、と言いたいです。そして、今日はこの機会を与えてくれた家族に感謝したい気持ちです。
 送り出してくれてありがとう!

The theme of the sixth session of the Japan-China Friendship Lecture Series held at Tianjin University of Science and Technology and presided over by the former Ministry of Economy project Secretary Miyazaki, was “China & Japan’s economies in the world at large.” 

What is an economy? If you translate directly from Chinese, the word for economy means to administer a country and to save the people. He intended to be an economist.

When former Prime Minister Abe visited China and Prime Minister Wen Jiabao visited Japan, they broke the ice, but didn’t melt it.   

You can’t separate economics and politics. He said world governments should even out the trade imbalances. The U.S. Subprime lending problem was an inevitable result of the imbalance. Protecting the environment from destruction is also a very important thing for development. We have to prepare for social security issues as well. He said that politics and ethics can’t be separated, and not to cut ODA aid to China.

He has his own proposal that he announced. He showed us by himself that, “Ripened ears of rice bend down the more one knows, the more one is humbled by that knowledge.”

Early Saturday morning, I swept up some dead leaves. I like cleaning. Mr. Wan told me how to use the broom. I had worked as a cleaning woman at a department store, before I became a teacher. By then, I had a long story. Anyway, the colleague was wonderful.

My mother used to say, “A respectable person can do those dirty jobs that are important.” When I was young, I thought, “ If I become a teacher I should try to follow that advice.”

I had other options, like being a cram school teacher or an after-school caretaker of schoolchildren. I was tempted to do those jobs. I owe my success to that experience.

After I became a teacher, I was cleaning a school lavatory, repairing the bulletin boards and desks, and repainting walls, doors and desks. I did many things. Because I had that experience, I realized that I could do many things. 

  My time in China will soon the three fourths of the way finished. I have 6 months left here.

Now, I feel sad to say good-bye to my students and friends, and I’m looking forward to seeing my family. It is a very complicated feeling.

However, I had a very wonderful experience here. I will not forget it.

I just want to say thank you to everyone. Especially, I want to thank my family encouraging me to come to China.

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2007年11月11日 (日)

天津科技大学 中日友好講座第五回 劉江永清華大学国際問題研究所教授

天津科技大学の中日友好講座第五回は第一回と同じ、劉江永清華大学国際問題研究所教授による「中日両国関係の現状と展望」というテーマの続編でした。

 中曽根・小泉総理大臣時代から現在に至るまでの中日の貿易収支、輸出入総数の比較、日本側も今後対中貿易は益々拡大すると分析していること。人民元が強くなっている現状。留学生数の変化。参拝問題当時の中国の状況分析、海底油田の問題、等々、具体的数字をパワーポイントでお示し下さり、学生諸君は真剣に聞いていました。

 今回は五人で行きましたが、御講演後に控え室に入れて頂いて、お話を伺うこともできました。一ヶ月をおいて、すぐにお話を拝聴できるとは思ってもいませんでした。大変有り難いことです。

次回はいよいよ元経済企画庁長官の宮崎勇先生が御登壇となります。万障繰り合わせの上、ご出席下さい。

人生の中には、好機というものがあります。そのチャンスを生かすも逃すも自分次第です。様々な困難があっても、最優先すべきことは何か、その時々で、判断しなくてはなりません。可能な限り、そういった絶好の機会は逃さないで欲しいと思います。

朝の太極拳

二十四式、四十八式、四十二式の太極拳の後、三十二式と四十二式の剣をいっしょにやらせて頂きました。土曜は扇も見せて頂きました。よく聞く音楽でした。その後もう一つ剣をやらせていただきましたが、何式かはわかりません。とても早かったです。

三十二式も、音楽と一緒では、とてもまだまだ出来ません。なにしろ、第一課程を習っているところですから。剣が上向きなのか逆か、柄の位置は左か右か、足はどちらが前か、重心の位置は??運動に苦手意識のある覚えの悪い者にとっては至難の業です。

李先生のお誕生会

 土曜日の夜は、孫先生のお宅に集合し、近くのレストランで総勢14人、一週間遅れの李先生のお誕生会をやりました。

飲み物やケーキを持ち込んでやるのが中国式です。K大学の四人も一緒に行きました。隣に中国人の方々になるように座ってもらいました。私も、ベストを作って下さった仕立屋さんの隣に座らせて頂きました。少しずつではありますが、中国語を話せるようになり、イギリス人のバーバラさんやニュージーランド人のケイさんご夫妻とは英語で話して、楽しいひとときでした。天翼くんとも一ヶ月ぶりに会いました。また背が伸びた気がします。だんだんかわいいというより大人びてきてかんじ。13歳ですから、当然でしょうか。李先生が南京に行った時の写真で合成写真を作って見せてくれました。

 天翼くんのパソコンの立ち上げ画面は私達の旅行の写真になっていました。嬉しかったです。添付メールを送ってもらいました。

さざえさんがおふねさんに

  過日お箏を弾いたとき、「着付けがばっちりでしたが、誰かに手伝ってもらったんですか。」と言われましたが、もちろん自分一人で着たことを話しました。H君曰く、着物姿は、「さざえさんがおふねさんになった感じ」と言われました。あまりに的確に言い当てられて、私も笑ってしまいました。「さざえさん」という漫画は、自分の年齢によって登場人物の誰に自分を重ねるかが変わっていくわけですが、とうとうおふねさんの年齢に近づいたんだな、と、改めて老いを意識しました。しかし、様々なことが、美しい思い出になっていくのかな、と、また元気をもらった感じでした。

 実は、着付けは少し自信がついてきた気がします。でも、次はいつ着ることになることでしょう。クリスマスかお正月か、あるいは教え子の結婚式か。これからも日本伝統文化の一つとして継承していきたいと思います。

The theme of the fifth session of the Japan-China Friendship Lecture Series held at Tianjin University of Science and Technology and presided over by Prof. Liu Jiangyong, who is from the Tsinghua University Institute of International Studies, was the relationship between China & Japan.

Prof. Liu told us about the balance of trade between China & Japan, and the latest news. The trade between the two countries will increase more and more. China’s growth rate will increase.

When Prime Minister Koizumi payed homage at the Yasukuni shrine, what happened in China?

Prof. Liu told us many things using Powerpoint. My students listened carefully.

After the lecture we had a chance to listen to anther one of his short talks. We were very lucky.

Next time, the former Ministry of Economy project Secretary Miyazaki will talk.

Early Friday morning, I tried to do taichi sword with them.

We did 24,48 and 42-type taichi and 32 and 42-type taichi sword. I’m just starting now, so I only know the first step. It is very hard for me to remember the movements.

I do my best.

Saturday evening we went to Mr. Lee’s birthday party. We had a good the time.

Our photo was on Tianyi’s screen. I was very glad to see it.

He gave me an e-mail with another photo.

“Sazae became Fune”

When I played the koto at a Chinese Language School event, I wore a Kimono. One of K University’s students said, “You looked like Sazae-san as Ofune-san.” That was spot on. I enjoyed that he said that. I understood that I’ve gotten old. But, that was not bad.

I don’t know when I will wear it again. I succeeded in a kind of the traditional culture.

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2007年11月 3日 (土)

永遠の友情・漢語学院の文化祭・中国人の懐の深さ

 先週のアフリカンパーティーの写真を添付して、メールしたら、こんな返事をくれました。「写真を受け取りました。私はとても嬉しいです。私達の友情が永遠に続くことを願っています。あなたを知ったことは、より日本について知る好機です。本当に、あなたが日本から来て、私がアフリカから来て、中国で友情を築くなんて、夢のようです。これは一つの運命であり、私の人生をより豊かにするものです。友情は人類が異なる考えや習慣・文化、そして文明を交流させるために重要な要素です。もしすべての人々がみな友達となれば、その時、私達は一つの習慣・一つの文化・一つの文明を持つことが出来るでしょう。ちょうど世界は一つの町となるのです。その時、国と国、人と人のあらゆる問題はなくなるのです。私は“お金より友情が大事だ!”と信じています。」

 私は彼の意見に賛成です。こんなすてきな若者が、同じ地球にいるということが、私は何より嬉しいです。彼の言う通り、私達が出会ったのは運命。こんな素晴らしい出会いが、まさかこの中国であるとは、思ってもいませんでした。私も、彼らと永遠の友情を築きたいと、心から願っています。英語をもっと勉強しないといけません。単に欧米人と話すためではありません。世界中の人々と繋がるために、語学は必須であると改めて認識しています。カタコトでも英語が話せて本当に良かったです。自分が今まで積み上げてきたことが、ここですべて生きている、そんな感じがする今日この頃です。

漢語学院の文化祭

 「六段調」を演奏させて頂きました。一人で皆さんの前で箏を演奏するなんて、光栄なことです。機会を与えて下さった、文化祭の責任者と担当者、それにお箏を運んでくれた学生さんに感謝申し上げます。外国語学院の皆さんで聞きに来てくださった方にも感謝感謝です。南開大学、そして中国で出会った皆さんのことがすっかり好きになってしまったみたいです。素晴らしい学生の皆さんにお会いできて、本当によかったです。今日は、皆さんありがとうございました。

朝の太極拳

 2ヶ月ぶりに朝、太極拳をやりました。王さんともう1人の方だけ。でも、昨日までいっしょにやっていたように受け入れて下さいました。中国の懐の深さを感じる思い。悠久の時が流れている感じ。二十四式、四十八式、四十二式の太極拳の後、剣を見せて頂きました。三十二式と四十二式をやっていました。これならやっても、いいかな。今、三十二を習い始めたところですから。また、朝出来るときに剣を持って行こうと思います。帰って洗濯物を干しました。白い襦袢が黄色く染まりました。まずい!天津特有?の黄色い水の影響です。日本に返ったら、染め変えるか、脱色するか。呉服屋さんと相談しなくては。久しぶりにバスで電気屋さんに行き,プリンターのインクを買いました。歩いて、スーパーに行き、前回買いそびれたビンを並んで買いました。少しゆっくりした感じです。

My African friend gave me an e-mail:

 I got the pictures. I'm so happy. I wish well that our friendship would be forever. Know you this is a good opportunity to know more about Japan! Really it's too imaginary that you are from Japan, I'm from Africa and we met in China to make our friendship. I can say that it's one of my destinies that I got much more satisfactions in my life . Friendship is one of the most important aspects that the Humans being have to do to exchange the different ideas from different habits, cultures, and civilizations. I believe that if all the people can become friend, that time we can have only one habit, one culture and one civilization. Just the world can become like one city. That time we couldn't have any problem between country and country and between people and people. So for me I believe that << Friendship is better than money >> !

 I agree with his opinion. I hope that our friendship will last forever, too. I have to study English more. Even if only to speak with people from elsewhere in the world who aren’t native English speakers.

 I played the koto at a Chinese Language School event. I wasn’t good at playing. but I appreciate everyone who gave me such a chance. I have many good students who cheered for me. I was very happy to see them there.

  Early Sunday morning, I did taichi for the first time in two months. Even though I had been gone for a long time, they accepted me as before. In Japan, I wouldn’t have been able to go buck after such a long absence. I realized that Chinese people are very accepting-minded people. Next time, I’ll try to do taichi sword with them.

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2007年11月 2日 (金)

天津科技大学 中日友好講座第四回 小堀龍夫氏

天津科技大学の中日友好講座第四回は天津天富軟管工業有限公司董事長・天津名誉市民の小堀龍夫氏による「私が中国で経験し、学んだことー対話・交流・信頼関係構築の重要性」というテーマでした。

「企業の原動力は何か」まず、一つの目標を共有し、信頼関係を構築すること。そのためには、相手の立場に立って、丁寧に根気よく対話と交流を行い、現場の意見を聞く必要性があるということ。原理原則を出して、物事の本質を見て、物事を処理すること。あせらずあきらめないで努力すること。知能はもちろんのこと、人間関係能力が不可欠であること。人材の育成と価値観の共有が重要であること。上に立つ者が、相手に求めるだけでなく、自らも努力し続ける必要があること。結局、「企業を機能させる原動力は人である。」ということ。特に「専門知識だけではだめで、対人関係。度量・器量・心の広がりが必要」ということを繰り返し述べられました。企業に限らず、何事も、人間関係を円滑にする必要があると思います。

「実るほど頭の下がる稲穂かな」本当に賢い人は、人を傷つけるようなこと、バカにするような態度はとらないものです。賢くない者ほど、人を陥れたり、欠点を指摘して得意になったり、愚かなことでかろうじて自尊心を満足させるような行為をしたがります。人をねたんでも仕方ありません。まず、自分を向上させること。これが何より大切であり、どこの国の人であろうと積極的に交流し、共に世界の安定に何らかの形で貢献しようとするべきだと思います。戦争のない世の中を実現するにはどうしたらいいか、我々が考えるべきことはただ、安全に幸せに暮らすためにどうしたらいいか、ということに尽きると思います。

高校生の時、「人はいかに生きるべきかを問い続け、答えを得ぬまま終わるもの。」と思っていました。今も答えは出ていません。ただ、今、できることをやるだけです。

The theme of the fourth session of the Japan-China Friendship Lecture Series held at Tianjin University of Science and Technology and presided over by Kobori the Tatsuo Tianjin Tianfu Ruanguan industry corporation chief director, was about what he had learned from his experiences in China.

Kobori told us, the most important thing is human relationships. Open-mindedness and generosity are more important than knowledge.

When I was a high school student, I thought, “I asked myself how I should live. But I couldn’t find the answer.” I just did my best for the occasions I encountered.

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