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2008年2月24日 (日)

中級口語

中級口語

いよいよ中級の教科書に入りました。最初のほうは、初級とあまり変わらず、ホッとするやら、気が抜けるやら。でも、ピンインも声調もふっていないテキストですから、調べるのは大変。友人のノートがあるので大助かり、と思いきや、なんとテキストの版が違うのか、本文が大幅に違って、がっくり。

やっぱり自分でやらなきゃだめということですね。それでも2回で3課まで進みました。帰国前にこのテキストが終わればいいのですが・・・。だんだん難しくなるからどうでしょう。

「がんばらない」を二日間で読み終わりました。

末期医療の現場の話し。私も癌とかだったら、痛いのだけは薬でなんとかしてもらって、延命治療はして欲しくないです。なるべく自分らしく、最後は自宅でも病院でも家族の都合の良いほうでいいけど、とにかく、動けるだけ動いて、行きたいところに行って、食べたい物を食べて、会いたい人に会って、「やあ、みんなありがとね!」って言って死にたいな。みんな死ぬのだけは平等なんだから。

どこに行きたいか?稲村ヶ崎ですね。そこから江ノ島大橋と富士山を見たいです。大島も湘南海岸から見たいですね。湘南で育ったので、やっぱり最後に見たいのは海でしょう。骨はできれば海に散骨して欲しいですが、面倒だったら、まあ、これも家族にとって都合の良いようにしてもらったらいいと思っています。

そういえば、周恩来総理も川に散骨したんですよね。

NHKスペシャルでも末期医療の話しをやっていましたが、これからは超高齢化社会になるので、どう終焉を迎えるかというのは、本当に大きなテーマだと思います。

子供が独立したら、用意を始めたいですね。まず、持ち物を減らして、必要最低限に絞ること。後で捨てるのが面倒ですから。今は現役で仕事をしていますから、いろいろありますけど、ほとんどのものがいなくなったら不必要なものでしょうから、家族には悪いけど、自分たちが使えそうな物だけ拾い上げて、あとは捨てて欲しいです。

私はある時からおまけの人生だと思って生きてきたのですが、先日ある友人にそんなメールをしたら、「人生そのものがおまけみたいなもんだよ。」と返事が返ってきました。

なるほど。そう考えるとずいぶん気楽な気がします。折角の命ですから、やれることをやって、「ま、いっか!」って自己満足できたら最高かもしれません。人に意地悪したり、人を蔑んだりする馬鹿な人間にさえならなければ、それで充分かな、と。しかし、なりたくない自分になってしまう、というのは夏目漱石の「こころ」のテーマのように、往々にして起こりうることです。「良い人生だった。」と言えるよう日々自戒せねば。

私はここで中国人の親友を得ました。あと四ヶ月しかここにいられないとなって、その友人との時間をいとおしむ気持ちで一杯になっています。日曜日も彼女に付き合ってもらって買い物に行きました。お互いに別れの時を意識し始めています。正直つらいです。

元宵節が終わり、氷が溶け始めました。春の到来です。中国人の友人にもらった餡入りのお団子を、日本人留学生と一緒に食べました。もう、二度とここでこの時期に食べないかもしれない、そう思いながら。

2月22日金曜日、早朝、綿雪が降りました。積もるかな、と思ったら、8時半には止んでしまいました。嬉しいような寂しいような。土曜日は快晴。日曜日はまたちょっと雲りぎみ。しかし、東門前の氷はすっかり溶けました。

あと20週で帰国。行事も目白押しです。一日一日を精一杯生きたいと思います。

今回の英作文は、“イミフ”だったそうで、全面的にブレアさんが書き換えてくれました。

やはり勉強は継続しないとダメですね。トピックスが難しかったこともありますが、英語を全然読まなかったし、書かなかったのが敗因でしょう。語学の難しさを改めて感じました。彼と日本語と英語で話しながら、私の言いたかったニュアンスを伝えました。彼の日本語力がハイレベルなので、可能なことです。逆のことができたら良いのですが。一生勉強ですね。

Intermediate Spoken Chinese

At last, I finished my Elementary Spoken Chinese textbook.

But, the beginning part has almost same content as the Elementary textbook.

My friend lent me her notebook, but her notes were about a different edition of that book, so I was disappointed. So, I’ll have to work my way through my book on my own.

I finished two lessons in the time it took me to do one. I hope to finish the new book before I go back to Japan.

I read a book called ‘’Ganbaranai.” This book is about a patient with terminal cancer. If I were in the same position as the patient in this story, I would want to take medicine to dull the pain, but I would prefer not to undergo treatment to extend my life. I would rather enjoy what time I had left, and spend it doing the things I like doing, and seeing people I wanted to see. I would rather do what is easiest for my family, whether that meant staying in the hospital or living at home. And hen the time came for me to die, I would rather die with dignity. One of my final wishes is to tell everybody how thankful I am to have had them in my life.

Another one of my final wishes is to see the town of Inamuragasaki. Also I would like to visit Enoshima-Ohashi, and Mt. Fuji. I would like to see Mt. Fuji from Oshima, and also from the Shonan Coast. I grew up in Shonan, so the last thing I would like to see is the ocean. If possible, I want my ashes to be spread over the ocean. Of course, if this were a burden to my family, I wouldn’t consider it necessary.

Come to think of it, Premier Zhou Enlai had his ashes spread over a river.

NHK did a special on the treatment of terminal patients. In Japan, a society whose population is aging rapidly, the question of how Japanese people face death is growing ever more important.

After my children grow up and move out, I plan to start sorting through my possessions and deciding which ones to keep, which ones to give away, and which ones to throw out. I only want to keep the things that are absolutely necessary to daily life. If I leave a lot of things behind, it will be a burden on my family to sort through them. And if I have anything that could be useful to others, I want to give it away, and throw out any needless things.

Even now, I feel that I have lived fully, and any time that I am allotted after this point is extra --- like a gift, or a freebie. I mentioned this idea in an email to a friend the other day, and he told me that a person’s whole life is the way I described the rest of mine. Seeing life that way must be liberating. We are given one chance at life, and as long as we do our best, the best thing is to be satisfied with it. As long as we aren’t cruel to others, and we don’t look down on people, I suppose that’s good enough. However, as in Natsume Soseki’s novel Kokoro, sometimes one becomes the kind of person one has always dreaded becoming. We have to live in such a way that one day we can look back and say, “I lived a good life.”

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2008年2月16日 (土)

初めての中国

教え子二人が私を訪ねてくれました。初めての中国。北京まで迎えに行きました。

 便が着いたのが夜10時15分。しかし、なかなか出てこない。11時半くらいにやっと会えて、天津に戻ってきたら2時近かったです。

天津めぐり

10時出発。学内巡り後、周総理記念館、そして天塔に上がりました。「天空の城ラピュタ」を体感。床が硝子張りの展望台が外にあったのです。家族が来たときは見そびれました。足がすくむ感じ。でも、一種の快感。

狗不理でお昼を馬老師と一緒に食べ、古文化街と家楽福(ジャーラーフ=カラフール)でお買い物。夜はバスで出かけて、孫先生宅で家庭料理。李先生や85歳の書道家の先生もご一緒。いつもおいしい料理をたくさん作って下さって、ありがとうございます!家庭料理を初めて来たのに味わえる人なんて滅多にいないと思いますよ~。タクシーにも乗車。

7時半出発。四時間かかって、司馬台長城。敵台5つ目まで行きました。

かなり遠くまで続く稜線上の長城を見渡す事ができます。八達嶺と違って、人はほとんどいません。サイドの塀もないところがあり、しかも両サイドは絶壁。かなりの迫力です。

風が強かったら危険です。ゴンドラに乗って、一つか二つ上がるつもりが、ゴンドラは休止中。誤算が生じました。

2時半過ぎに出発したものの、フルスピードで北京まで戻るのに2時間半。そのため故宮の閉館時間にちょうど戻ることになってしまい、仕方なく景山公園から見下ろすだけになりました。残念!でも、故宮は日本からのツアーがいくらでもありますし、八達嶺も行けますから、またチャンスがあるでしょう。次は新しい家族と訪れて頂きたいものです。

 後30分早ければと思いましたが、2時間半で戻ってきたことが驚異です。王さんありがとうございます。

 北京で同僚と待ち合わせ

 彼女達のホテルで待ち合わせしようとしたら、違うホテルで待っているとのこと。中心街(王府井)の大きなところなので、すぐ分かってホッとしました。王さんが北京ダックのチェーン店に連れて行ってくれました。本場北京。目の前でさばいてくれます。(詳しくはアルバムをご覧下さい。)ホテルは分かりにくい奥まったところにありました。でも、さすが王さん。ちゃんと見つけて連れて行って下さいました。

 ここで彼女たちと別れ、同僚と天津へ戻りました。

 4月に友人が来るときは八達嶺にしときましょう。故宮を見たいでしょうから。出発も7時にした方がいいと思いました。

次の日、午前は中国語の勉強。買い物をして、同僚に天ぷら蕎麦を作ってさしあげ、ちょっとオーバーワーク気味?

筋肉痛で足がちょっと痛かったので、昼に湯船につかり、ゆっくりリラックス。

午後2時過ぎに遅めのお昼寝。で、次に目が覚めたときに6時半で、うっすら明るいから、わー16時間もねちゃったのか?って本当に思ったんです(笑)朝食のつもりの夕食を食べて、テレビをつけたら番組が見慣れない??あれ?朝の番組ってこんなだっけ??カーテンを開けたら??なんで暗くなってるの??もしかしてまだ4時間しか寝てなかったのに爆睡したと思いこんだ??って気づいて唖然。道理で厚物洗濯物が乾いてないわけだ。とんだ勘違いでした~

結局、この入浴と湿布と休息の効果か、足は思ったよりすぐに回復。

教え子には「やるな()」とメールをもらい、私ももう一度彼女に送ったメールを読み返し、我ながら大爆笑しました。

太極拳の撮影会

 太極拳の服を着て、レッスンへ。カレンダーを作ってくださるというので、ポーズをしたのですが、これが大変。「もっと低く構えて。」と言われて、またまた足が筋肉痛になりそうでした。

 

「友あり。遠方より来たる。また楽しからずや。」こうして怒濤のような一週間が終わりました。彼女達が来るのをとっても楽しみにしていましたが、あっという間に帰って行ってしまったかんじ。でも、司馬台に行ったことは一生の思い出です。

あと3週間で一人は結婚式。花嫁姿を楽しみにしていますよ。それにその時の同級生にも会えるとのこと。これも、ものすごく楽しみです。

彼女たちが持ってきてくれた本を読みました。

「雪とパイナップル」チェルノブイリのこと。

あと二冊。今週中に読めるかしら・・・。読んでいない本がたくさん。中国語の合間に読まねば。来週から授業が始まります。

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2008年2月11日 (月)

日本人留学生・日本語教師

春節の時に知り合った3人の女性。早速家にきていただきました。

 お互いに人生経験が豊富なので、話題が尽きません。

ドイツに留学していて、さらにそこから中国語を勉強するために中国に留学してきた方。「目から鱗」のお話しばかりで、すっごく面白かったです。

K大の先生。彼女と日本語教育に関して話しが出来て、すごく嬉しかったです。中国に来ていても、日本語教授法を勉強していない方が大半というのが実態。本学もしかり。いわゆる日本の「国語」と、外国人に教えるための「日本語」とは別のものであることを分かっている方と話せるのは本当に有り難いです。他にもいろいろお話しできて、久しぶりに頭が活性化しました。また、お目にかかりたいです。

本学の留学生。彼女が山田流のお琴を習っていたというのでびっくり!ここで、私以外の方が「六段調」を弾いて下さるなんて夢にも思いませんでした。「のだめカンタービレ」の話しから入って、南京の話題から、次々話題満載。またゆっくりお越し下さい。

とにかくこのお三方にお目にかかれたのは運命でしょう。私ってなんて運がいいのかしら。

ブレアさんが久しぶりに来ました。私がお手伝いできることがあってよかったです。彼もご家族がいらっしゃるとのこと。北京に行くと言っていました。楽しい週末を!

母の誕生日。家族に電話。みんな元気そうでなにより。

  休み中、パワーポイントを作り、beike。(授業の準備)これで一ヶ月は慌てずにすみそうです。

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2008年2月 8日 (金)

春節好!「こころに笑顔の花満開」

休みに入って、まず、卒論の面談?

佐々木瑞枝先生、そしてそうがく社の鈴木様のご助言により取り寄せた本を彼女に渡し、いよいよ本格化。四年生の皆さん!調べたことだけを書いたらレポートですからね。ちゃんと自分なりの考えを書いて下さいね。教師っていつも応援団です。あなたの人生はあなたが主役なんです。だれも代役はいませんから。頑張って下さいね。

春節は去年と同じように、孫先生のお宅で年越ししました。ニュージーランド人のジムさんと書道家のご近所の方と。もちろん英語と中国語の世界です。食事の前に爆竹をやって、それからご馳走になりました。孫先生の料理はいつもとてもおいしい!!です。私は彼女に会えて本当に幸せです。ジムさんが私にEnglish Name を付けてくれました。Harmony か Melody がいいって。Melodyは女の人によく付ける名前。これのほうがしっくりくるかな。Harmonyは私の理想ではあるけど、現実ではないから。微妙。

日本の紅白のようなCCTV1を見ながらの年越し。花火が上がって、日本の「行く年来る年」のように、いつもの曲でしめくくり。しかし、私にとっては、中国で最後の過年。次にいつ来られるか、それは全く分かりません。ちょっとそんな話しも出て、お互いに「考えるのはよそう!」となってしまいました。「またすぐに会えるんだから。」と言って、お団子のような、新年に食べるものを頂いて、歩いて帰りました。(タクシーは拾うのが大変。待っているうちに着いちゃいます。)

通りは人もまばら。でも、花火と爆竹が途絶えません。でも、去年よりずっと少ない気がします。去年は本当に毎晩、毎晩うるさくて、睡眠不足だったのに。通りの飾りも意外とあっさりしているし。猪年というか豚年というか、それはやっぱり特別なんでしょうか。よく分かりません。

久しぶりに朝寝坊しました。そして、日本語八級試験の試験問題を打ち込んで、教材を作りました。二時過ぎにKamalに電話。留学生とのパーティーに参加するかどうかきいたら、「用意してる。」との返事。そうか、また彼は主催者側なんだ、とその時初めてわかりました。ごめん!分かってなかった!

Julieと待ち合わせて行くことにしました。建物を出た途端、Julieが、「なんか食べ物を持ち寄るんだった。」と言い出して、ギョッとしました。でも、夕べ孫先生がもたせて下さったものがあるから、それを持って行こう、ということで、もう一度部屋に戻って、冷蔵庫からパックを取り出して、持って行きました。

後でインフォメーションの紙を見たら、確かに、「Please remember to prepare a dish and bring it to the party,・・・」と書いてありました。全然ちゃんと読んでない証拠。あーやっちゃった。分かってたら天ぷら作ったのに。後悔。しかし、遅い。ま、しょうがない。

留学生担当の先生方紹介の後、教師から、一言、ということで私が言うことに。そういう話しは何にも聞いてなかったんです。でも、仕方ないですね。とにかく、呼んでくれたお礼と、皆さんの勉学が益々向上されることを祈っているというようなことを日本語で言いました。Julieも言うのかと思ったら、私だけ~えーそんな!ま、しょうがない。

その後抽選会。いきなり当たって、ネズミの縫いぐるみをもらいました。さい先がいい?のか、当たり年ということなのか?

それから、持ち込んだ食べ物について紹介ということになり、正直に、「我的太極拳老師做・・・対不起!」と説明?というか、その時にやっと自分が作った物を持ち込むのだと理解。ただ、なんでもいいから何か持ち込めばいいのだと思ったら、そうじゃないということが分かったという具合。全く、申し訳ない。

それでも、Kamalが作ってくれた料理とか、他の学生が作ったものを少しずつ食べることができて、嬉しかったです。それからゲーム。こういう時、俄然がんばるのがKamal。本当に彼は、人のために一生懸命動く人です。私は正直、こういうのは苦手。社交的に見られますが、本当はすこぶる内向的な人間なので、こういう時は積極的に前に出ることはありません。でも、指名されて、豆をお皿に移す競技に参加。やー中国の箸は先が細くないので、正直日本の箸と違って、つかみにくいんです。しかも小豆。日本人二人韓国人一人の女性チームが負けちゃいました。ま、しょうがない。でも、良い思い出。

どういう訳か、李先生のお母様が私の隣に座られて、いろいろ話しかけて下さいました。私は、KamalとSeydouがとても素晴らしい人なのだ、と紹介しました。Seydouは国に帰ったら国家公務員。きっと出世街道をまっしぐらなんでしょう。でも、私の中国語のレベルではちゃんと説明できません。Seydou自身に隣に来てもらって話してもらいました。彼らは、私のことを「先生で、友達」と言ってくれます。本当に嬉しいです。だから、本当はパーティーを抜けだしたいところなんですが、最後までいました。

しかし、最後に、いやーな予感が的中!縫いぐるみをまわして、ストップがかかったら何かやる、っていうのに当たってしまったのです。一番苦手なのに~

「さくら」を途中省略で歌いました。家に帰ってきてから「故郷」を手話でやれば良かったと後悔。次に何かやるときは、(できればないことを祈りますが)それにしようと思いました。ま、いっか。

さて、さて、すべてが終わって、記念撮影。Seydouが私を隣に座るように促してくれました。こういう時、いつもSeydouは中心。Kamalは脇に。本当にこの二人の絶妙なコンビネーションには頭が下がります。

そして、三人で記念撮影。このために最後までいたようなもの。この二人の友情に答えなければ罰が当たると思っています。彼らは本当に素晴らしい人格の持ち主で、尊敬しています。Zaccがいないのが残念。彼も素晴らしい人です。

終わって帰り際、爆竹を始めました。そこで、日本人留学生に声をかけました。ここのところ気になっていたことが解明され、しかも、一人は科技大の関係者と分かり、世間の狭さを実感。近々お目にかかることにしました。

まあ、今日もドジばかり踏んでしまいましたが、行って良かったと思います。SeydouとKamalを益々尊敬できるようになりましたし、彼らと知り合いであることを誇りに思っています。そして、日本人留学生と出会えたことも良かったです。私の知っているのはKちゃんやNちゃん、それに数人の後輩だけでしたから。別に日本人で固まろうとか思わないのですが、日中の架け橋になってくれるだろう若者達に夢を見せてもらっている感じです。自分が十代二十代の頃は外国に行くということは全く考えられませんでしたから、その事だけでもすごいと思います。そして、ここで学んだことは、きっと彼ら若者の将来に生きてくるだろう、と思うとワクワクしてしまいます。

日本は島国ですから、どうしても、「井の中の蛙」になりがちだと思います。それで困らないというのもあるでしょう。しかし、世界は広くて、いろいろな人がいて、自分の人生について考えさせてくれる事が山ほどあるということを知るのは面白いことです。

チャンスがあったら、是非、いろいろな国の人と話をして欲しいです。日本国内であっても、自分でそういう機会をつくってみるのもいいのではないでしょうか。

夜、娘から電話がありました。青春してるな~。うんと悩めよ!とエールを送りたい気分になりました。若い頃悩むことは大切な事です。

たった今、日本の元同僚の方からEMSでカードを頂戴しました。

「今は今しかない時を存分に満喫してくださいね」とのこと。こころが暖かくなりました。

「こころに笑顔の花満開」

私の大学の同級生からもらったカードにはそう書かれています。机の前に張って、ふっと一息ついた時に見ています。

こうしていろいろな方々に支えていただいているのだな、と改めて感謝!感謝!

今、時差の関係で、出勤前に朝ドラをみることが出来ます。

「ちりとてちん」というのをやっていますが、そこで、「死ぬことの最大の不幸」は何か、という話しが出てきました。

「身につけたものがなくなる。」技術とか知識とか、その人の持っていた者がなくなるのが一番つらい、という話し。

でも、逆に、お金で買った品物より、身につけたものは価値があるし、誰にも奪うことができないし、その人がその人である証でもあるから、それが灰になるのは不幸とは思いません。中身を高めることが、生きる力を見せることが「生きる」ということだと思うから。

「伝えたいものは、師匠のこと大事に思ってるもんが、伝えてくれる。」

私が伝えたいこと。世界が平和になるために小さなことでいいから、何かすること。それは、娘にも私の出会った学生にも伝わっていると思います。だから、私は命を全うできればそれでいいと思います。

ウルトラマンガイアの中のアグルのせりふ。

「人にはそれぞれ与えられた使命がある。」

「ちりとてちん」にも「寿命は決まってる」みたいな話しがありました。

やっぱりいつもと同じ結論。できることをできるときにできるだけ。

蛇足。明日は日本は雪模様とのこと。観光客向けに、すべらない歩き方講習会というのが札幌ではあるそうで、①足裏全体で歩く。(普通はかかとから地面に足をつけると思いますが。)②小幅で歩く。③横断歩道などの白いペンキの上は避ける。(すべりやすい。)なんて話してました。参考までに!

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