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2008年4月20日 (日)

天津科技大学中日友好交流講座 第2学期第7回 王効賢氏

  中日友好協会副会長、王効賢氏。1962年の貿易協定時、周恩来総理と岡崎嘉平太氏の通訳を勤めたことで知られ、NHKの「ラストメッセージ岡崎嘉平太」にも出演されています。(劉徳有先生も出演されています。)番組内では、「ある時、周恩来総理が岡崎氏に歳を尋ね、一つ上と分かると『私のお兄さんだ。』と言った。」というエピソードを紹介していました。今回の御講演では時間の関係で岡崎嘉平太氏のエピソードを伺えませんでしたが、南開大学ゆかりの周恩来総理と深く関わっていた方です。林麗韞先生も通訳を勤められ、新聞記者として呉学文先生もご活躍でした。国交正常化の一番大切な時期に活躍された方々が次々に講演されるこの講座が、いかに意味深いものか、想像を絶します。

オリンピックサッカースタジアム

天津市が外国人教師をオリンピックサッカースタジアムに招いてくれました。中に入り、トラックを歩いて一周。VVIPルームに入れて頂きました。すごい眺め。テレビ画面の特等席はこうだったのか、と納得。サッカーが放映されるときに画面を見たいと思います。

 この時にご一緒だった英語とドイツ語の先生と仲良くなりました。早速バスの路線についてお教えしたら、懐かしのバナナブレッドを頂きました。Christineがよく作ってくれたことを思い出しました。アメリカの味。どうしてるかしら~

曲阜

 週末を利用し、念願の孔子の里、曲阜に行ってきました。中国三大宮殿建築のひとつ、孔廟。その中に孔子が教授したと言われる杏壇があり、孔子や孔子の弟子の像を納めた大成殿。世界で最も長く続いている一族の墓群である、孔林。ちょうどスミレが満開で、素晴らしかったです。

 屋根の飾りがちょっと変わっていました。一番先端の動物(鳥?)の上に人(孔子?)が乗っている形?ガイドさん達がしきりに解説しているのですが、中国語が早すぎて分かりません。「先達はあらまほしき」「仁和寺の法師」の気分。そんな細かいところまではガイドブックに載っていませんから、どうしようもありません。日本語ガイド付きできている日本人は無し。お手あげです。

聖跡殿の石刻に孔子の一生について刻まれていて、お父さんはずいぶん高齢だったようでびっくりしました。お母さんは若かったみたいですが。

 実は最初に曲阜の駅を降りて、「三元で孔子の里に連れて行く。」と言った運転手に、いきなり、「孔子故里園」というアミューズメントパークのようなところに連れて行かれ、一人60元也。私は「これは本物ではない。」と何回も言ったのですが、後の祭り。もう入場券をもぎ取られ、払い戻し出来ない状態。なにしろ、入り口の中まで入ってしまって、看板を見せないというやり方。中国人でも騙されるのですから、困ったものです。ちゃんとしたタクシーに乗って「孔廟」に行かないとダメです。

 旅行は下調べが肝心。初めて行く場合は特に要注意。旅先でいい人に出会うこともありますが、そうでない人もいます。これは中国に限ったことではないのでしょうが、お金をどこにかけるかがポイントです。「安かろう悪かろう。」を実践で学ぶ結果になってしまいました。北京でもそんなことがありました。頼みもしないところに連れて行かれて、お金を払ったり、高い買い物をするハメになったり。日本の旅行会社はやはり信頼できると改めて実感。

バスで済南へ

趵突Baotu)公園

1928年5月3日。順城街を日本軍が侵略。そのため後にこのことを忘れないために、五三街と改めたという石版が公園の外周にありました。また、そのことを記録するための記念館も園内にありました。中国の様々なところで日本軍の傷跡に出会い、心が痛みます。

趵突泉という自噴泉が公園になったところ。気泡があがる透明度の高い水の中で鯉や赤い魚たちが泳いでいる池がたくさんある公園。その水を使って、時間がわかるという大がかりなものもありました。中では音楽や踊りを披露するステージがあったり、長廊で思い思いに楽器を奏で、京劇の節回しで歌ったり、市民の憩いの場となっています。

大明湖

李白や杜甫も訪れたという湖。西湖と感じが似ています。広いので、時間の関係で、途中で引き返しました。

済南から天津

汽車の切符は座席なし。乗った途端、食堂車へ。ギリギリで席を確保。(定員48名)なにせ3時間半。立っていったら大変です。一人40元也。ここで、日本語を勉強している学生に出会いました。孫先生が彼に気付いて、私に英語で話し始めたので、私が日本人と分かることに。その瞬間、何奴が日本人なんだ?という視線。日本のことをネタに話し出す人もいました。(もちろん中国語。でも日本がなんとかかんとか、と言っているのは断片的に分かりました。)

彼の持っていたテキストを見せてもらったら間違えだらけ。原因は五十音図。日本語は単母音の言語なのに、二重母音で「e」を表現していて、子音も、そして「ん」「n」も間違った表記になっていて、抜本的に書き直す必要がありました。

生まれて初めて日本人に会ったという彼のために、訂正しまくり、一緒に発音し、意味や使い方を説明しました。もちろん日本語は通じません。英語かカタコト中国語での説明。孫先生がここ2ヶ月で私の中国語が上達したと誉めて下さいました。やはり、2ケ月日本に帰らず、こちらに残って勉強した甲斐がありました。それにこの一ヶ月は中級1の教科書を毎回1課進んでいますが、内容は大体把握できるので、標準語で易しい内容ならば、なんとか分かるようになった気がします。李先生と直接話せるようになったのは良かったです。日本の物価が高いこと。My箸を持っている理由。ハルピンで731部隊、南京で紀念館を訪れたことなど、孫先生が話すと、周りの空気が変わった感じでした。日本人だというだけで、構えてしまうのは、さっき訪れた記念館のようなところがあちこちにあることや、毎日のように流れる日本軍との戦いを扱った番組、そして学校での教育で、当然といえば当然なのかもしれません。

別れ際に同じ席になった3人に千代紙で千羽鶴を折り、渡しました。そうしたら、「ありがとう」「さよなら」と、三人が日本語でそれぞれ言ってくれたのです。とっても嬉しかったです。

去年も南京からの帰りの汽車で、青年に出会いましたが、こうして、一般の日本人でも、中国人のことや平和を大切に思っている者もいるのだ、と分かって頂くしかないのかな、と思います。

お腹の調子が・・・。

 原因物質は分かりませんが、お腹に来ました。中国に来て3回目。日本人は様々な菌に弱いかもしれません。鳥インフルエンザ時代に、生き残れるのか、疑問です。

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2008年4月14日 (月)

天津科技大学中日友好交流講座 第2学期第6回 張雲方氏

  国務院発展研究中心研究員、張雲方氏。日本の歴代総理大臣と鄧小平氏との交流について、エピソードを交え、その人柄に触れる内容でした。中曽根総理夫妻の話や福田赳夫総理夫妻の話等、少し驚きもありました。

アフリカ式、道の尋ね方 

 初対面の人になにか尋ねる時も、まず、「good morning!」といった挨拶をしてから、道を尋ねたりするのだそうです。もし、そういう挨拶をしなかったら、無視するのだそうです。 所変われば、習慣や様々なことが違ってくるのは当然ですが、面白いです。中国の食事の席順も驚きでしたが、まさか中国でアフリカの習慣を教えてもらえるとは思ってもいませんでした。

  3年古典:「枕草子」 暗唱テスト。もちろん出席者全員合格。パワーポイントを使い、「山ぎは」と「山の端」の違いや、四季の景色など、写真や絵で示しました。藤原氏の系図も示して、「大鏡」「源氏物語」の話しも再度しました。三大随筆をこれからやっていきます。

アフレコ
先週に引き続き決勝戦のアフレコの審査をしました。「バグズ・ライフ」をやった英語科の学生の発音は、本当に映画を見ているようでよかったと思いました。何しろ、「ムーラン」「ライオンキング」「トイ・ストーリー」等、すべて英語版で何十回も見ているものですから、そのせりふ回し等も頭に入っているだけに、逆に厳しい審査になったかも知れません。日本語科の学生に対してはもっとシビアだったかもしれませんが、今回は90点以上、それもかなり高得点で付けました。 自分の「となりのトトロ」も、まあ、90点くらいでしょうか。結局書いていったせりふの紙は暗くて見えず、覚えていたせりふを言ったり、擬音を口で入れたりしました。後でビデオを見て、自分でも楽しめました。紅型柄の着物モドキを着て参加しました。

楊?の綿
 春の始まりに、タンポポの綿毛の巨大番のような綿毛が飛びます。木曜日くらいから飛び始め、日曜日には、一気に手で振り払いたいほどの量。こんな感じが一週間から十日続くと、去年は次第に暑くなったように思います。そうなれば、冬のコートは不要となりクリーニングシーズン。夏の到来です。

知的好奇心を満足させてくれる会話 
 門倉先生の教え子Mさんと、とうとうお目にかかれました。楊先生と第一回の勉強会。「ている」の付いている場合と、そうでない場合の違いについて。やっぱり、本当の意味の知識人と話すと楽しいです。お互いにお互いを尊重しつつ、偉ぶらず、独断と偏見でものを断定せず。しかし、率直で、アカデミック。無駄な繰り返しは無し。こういう濃密な会話に飢えていたのです。あーK君が去年からいてくれたら、こうやってもっと勉強できたんだろうに。おしいことをしました!本当に日本語教授法をちゃんと勉強した方と、もっと会話がしたかったです。T大学の方をお呼びしなかったのは失策でしたが、次回はフルメンバーで望みたいものです。Mさんは知的好奇心が強く、頭脳明晰。場の空気も読めて、しかも中国語の理解度も高い方だな、とすぐ分かりました。優しさもあって、感受性のある常識人。今日会えて、和みましたし、ホッとしました。
 魅力のある方というのは会った瞬間に感じるものです。心の琴線に触れるというのはこういう出会いなのだと思いました。彼女も書いてくれましたが、私も「門倉先生に感謝!」あー彼女も、うちの学生を引き合わせたかったです。こういう素敵な日本人にたくさん会って欲しいものです。
 私の友人は、自分のことはさておいても人のことを気遣う優しい人ばかり。メールでやりとりしている人も、長く続いている人達は、みな思いやりの固まりのような人。私をいつも励ましてくれますし、私ももちろん誠意を持って答えますから、会話も弾みます。私って幸せ者です。

「大きな傷にバンドエイド」になりませんように。
 ある方とお話しするチャンスをいただきました。あと三ヶ月、無事に過ごすように、とのこと。それは、その方も私も学生もみんな同じ願いです。当方が問題をおこすことはないので、そうさせて頂きたいというのはこちらの台詞。少なくとも私は、学生の皆さんのためにベストを尽くすと申し上げる以外にありません。そして、これから先も、結果として、できるだけ学生諸君にとってよいように、私が協力できることをするしかありません。日本の恥とならないように。「日本鬼子」の汚名を少しでも返上できるよう、愛を持って学生に接する。それだけです。日中友好のため、世界平和のため。「砂上の楼閣」となろうとも、「千里の道も一歩から」続ける以外に方法はなのです。
 漱石の言葉通り、「文士を押すのではありません。人間を押すのです。」ということでしょう。

 The theme of the second session of the Japan-China Friendship Lecture Series held at Tianjin University of Science and Technology and presided over by the former China People’s Daily newspaper correspondent to Tokyo, Zhang Yunfang was Deng Xiaoping and the Japan-China relationship. Zhang Yunfang discussed a side of Deng Xiaoping and some Japanese prime ministers that we didn’t know about. I found out some new things about some Japanese prime ministers and their wives.

An African custom
  They told me the most important thing when we will ask others about the way to somewhere. That is a proper greeting. If we don’t say “good morning!” we will be ignored. So many countries, so many customs. But, they are very interesting. The Chinese have a certain manner of sitting, but also this African custom is interesting. I didn’t imagine that I would learn about African customs while in China.

The Essay of Makura
 My classical Japanese lesson was about The Essay of Makura. I asked my students to recite the first part. They did it very well. I used a power point file in my lesson. I showed many pictures to my students. I also showed Japanese Emperor’s and Fujiwara family pedigree ancestry to them. I explained again about The Story of Ohkagami and The Story of Genji. After two weeks I will introduce the three famous essays.

The post-recording contest
 I served as a judge as last week. Many Disney Animations “Bugs Life,” “Mulane,”“Lion Kong,” “Toy Story,” etc. were very familiar to me. I watched them many times in English. So judging the student’s work was very hard. Especially, when they were doing the dialogue for Japanese movies, which I know very well, I couldn’t help but be a little strict. But I gave them all 90 points or more. I also played the title scene of My Neighbor Totoro. I was good at it. I would give myself 90 points. I couldn’t see the script paper so I said the lines from memory. I wore a kind of Kimono for that performance.

Willow’s down
 Time is a cycle of the seasons. White, fluffy down is falling from the trees and blowing around in the air. This will continue for 2 weeks or 10 days. After that, there will be a sudden upturn in temperature. We will not need a winter coat. Summer will come soon.

She is truly wise
 Some intelligent friends of mine came over. We enjoyed academic talks. I was very happy to meet her. She was professor Kadokura’s student. She is very intelligent , humane and considerate of others. I felt very comfortable talking with her. If Mr. K were here, it would have been even more enjoyable. It was unfortunate that he couldn’t be here. Her Chinese level is very high. I would like to say thanks to professor Kadokura. All of my friends are very kind and thoughtful. I’m a very lucky person.

 I hope my help will aid in the study of Japanese for many students. Someone wanted to speak with me. She, my students and I hope we will be safe. But whether we will be able to be safe or not, we can’t know. I will be my best. But, human can’t easily change his caracter. Some Japanese here have done bad things to others. I, on the other hand, would like to build up Sino-Japanese relations. Even though our efforts may be frustrated time and again, we have no choice but to go forward. A journey of a thousand miles begins with one step. Soseki Natsume once said that he could never convince his critics, but he could, however, reach the general population with his message.

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2008年4月 6日 (日)

天津科技大学中日友好交流講座 第2学期第5回 精華大学劉江永教授

  前期に引き続き、第二回目の講義を拝聴しました。最新情報を加えて、日中の状況をパワーポイントでご紹介下さいました。福田総理になってどうなったか。餃子問題後を展望したお話しもありました。また、この3月に訪日された時の様子。どんな方とお会いになり、どんなところをご覧になったか。お台場のテレビ局等、懐かしい写真を見せて頂きました。また、桜も撮ってきて下さいました。そして、北京と東京を例に挙げて、どのような町並みの違いがあるか、道路の側溝や段差のこと。また衛生事情など、具体的なお話しで、日本に行ったことのない学生にとっては、驚くこともあったのではないかと思います。先生が私を覚えていて下さったのは嬉しかったです。

パケットなんとゼロから二桁。

 速度は100Mbps。これではインターネットに接続できません。上不了網。なんと大学全体のシステムがダウンしているらしいです。こういうことはしょっちゅう起こるので驚きませんが、仕事が滞るのは困ります。いかにインターネットに頼っていることか。もちろん、この部屋にはそれなりの本はありますが、調べたいことも出てきます。最新情報の検索や、連絡がとれないことはストレスになります。マジックワード「ここは中国」。このブログもいつUPできるのやら。そう、いつも下書きしてUPしています。直接は打ち込めません。接続時間が長いとダウンするからです。勢い、週に一回がせいぜいで、思いをため込むので、文が長くなります。それでも、書けないことも出てきます。あとはメールですね。返事が遅くなることもありますが、中国のインターネット事情もありますので、お許し下さい。清明節が終わるまではだめ。月曜に繋がるといいですが。(日曜日の夕方やっと接続。しかし、おそーーーーーいです。)

 3年古典:平家物語「木曽の最後」

「武士」の生き様については様々な意見が出ました。忠義の心について。愛する者への愛の表現方法。「やさしさとは何か」といったことも問題提起。「項羽」のことを書いてきた学生もいました。

 2年汎読:「美を求める心」小林秀雄。

これは奥深い教材で、扱い次第で人生観や「何故人は学ぶのか」といった根源的話しも出来ます。夏目漱石の「草枕」、手話や丸山浩路氏の話もしました。

3年聴解:

 ワンラブ・プロジェクトの「プロジェクトX」と「アンビリーバブル」の吉田真美さんのDVDを見せました。みんな感動していました。事務局のことを異国から思うばかりです。

アフレコ

 アフレコ17組の審査をしました。英語科の学生が多かったです。「シュレック」や「ファインディング・ニモ」など、なじみのものもあり、「千と千尋の神隠し」を英語で、というのもありました。日本語科は3組。みな2年生。よくがんばっていました。3年生が出場しないのが残念です。どうも学年によってアクティブ度が違うようです。フランス人の先生と英語で話しをしました。

スピーチコンテスト

 2年生に、添削を頼まれました。一人は「思いやり」というタイトル。私が紹介した、相田みつをの「幸せはいつも自分のこころが決める」という言葉に感動し、生き方が変わったという話し。正直、嬉しかったです。この言葉に心を動かされる人は多いですが、紹介して本当に良かったです。こんなに素直で、心優しい学生に出会えたことに感謝!感謝!もう一人は「もしドラえもんだったら」というタイトル。彼女も、最後は「希望」を失わないというところに行き着いている内容でした。なかなかユニークな発想で、彼女らしい表現でした。 ふたりとも大きく直すことはなく、語法を若干なおしました。こういった添削は、意見を尊重し、なるべく手を加えないほうがいいのですが、卒論は、レポートのように調べたことを羅列する文章は削除し、自分なりの意見を書くように話しています。
 四年生のみなさん!加油! 

アカハラ

先日テレビでアカハラ(アカデミック・ハラスメント)のことが取り上げられていましたが、指導教官の言葉の暴力によって傷つく学生が多いという話し。日本では懲戒免職という報道。当然だと思います。「実るほど頭の下がる稲穂かな。」博士号やらなんやら取った人や有名大学の卒業生は、この世の中には大勢いますが、本当に賢い人は威張りませんよね。また、実力のある人は、まわりが放っておきません。自分が日本で定職に就けないストレスを学生や同僚にぶつけているのでしょうか。現実にはなかなかそういった輩を排除することができません。 

「人格を否定されました。」「地獄でした。」と学生が言ってきて、「日本を嫌いにならないでね。」と一緒に抱き合って泣かなければならないようなことはあってはならないことです。

 他にも、「世界平和」「人類の幸福」を願う日本人に会うまでは「日本人は鬼」「尊敬できない」と思っていた。「先生に会えたから大丈夫です。」と正直に打ち明けてくれた学生もいます。

 日中友好のため、身を挺している諸先輩方の顔に泥を塗ることは是非やめて頂きたいものです。

太極拳

 三十二式太極剣が終わりまで行き着きました。しかし、まだ、自分一人では出来ません。四十二式太極拳も言葉をはさむと分からなくなります。二十四式は、音楽があれば、なんとか大丈夫?になってきましたが、それでも、やっぱり説明しようとすると、次はなんだっけ?になっています。音楽がないと怪しいし。Kさんと二人で毎朝やる御陰で、良い勉強になっています。帰るまでにせめてこの三つは、人前でなんとか出来るようにしたいです。

箏 

 朝の馬蹄湖前太極拳メンバーが、和箏を見たり弾いたりしたいとのこと。休日にご招待しました。朝4時半起き。天ぷらを揚げ、ちらし寿司を用意。顔をみてからみそ汁。一人ずつに取り分けておいたので、残った食べ物はお持ち帰りいただきました。3人の予定が4人に。Oさんにも、と思っていましたが、今回はごめんなさい。またね!皆さん8時頃にいらして、10時頃、急に春雷。その雨の一番激しい時に帰るようになってしまい、傘をお貸ししました。もう少し待っていたらあがったのに。残念!!午後からは日差しも戻ってきました。本当に気まぐれな天気。皆さん「さくら」を弾いて、二胡も触って、三線も聴いて頂いて、記念撮影。ロールピアノには驚いていました。日本の電気製品技術は優れているという話しになりました。私もこのロールピアノは気に入っています。夫が昨年の誕生日に送ってくれた物で、ずいぶん役に立ちました。ありがとう! 
 孫先生は飲み込みが早いので、もう「六段調」の三段までいっきに行きました。これなら帰るまでに覚えてもらえそうです。奏法も、わり爪、あわせ爪、すくい、ワ連、はじき、押いろ、掛押、等のうち特殊なものだけピックUPして覚えようとしているところが合理的。箏を譲っていく甲斐があるというもの。この間帰国したときに楽譜を何冊か買ってお渡ししてあります。でも山田流御用達、博信堂のものはもうありません。私は弾けませんが、生田流の有名な曲「春の海」「さくら変奏曲」の縦譜や、私が習った山田流の曲「六段調」「千鳥」「乱輪舌(みだれ)」等の横譜。もっといっしょにやりたいですが、もう時間がありません。なんでも芸事は時間がかかるもの。でも、「奥許し」しかいただいていないのに、教える経験ができて、本当に良かったです。 

買い物

 オリンピックホテル(正面左側の入り口。831路845路902路の三つで、南門の復康路八里台から体育館で降りると行けます。)マーケットに久しぶりに行きました。レジが混まないのが有り難いです。割高ですが、ついつい日本食を買ってしまいます。ISETANに行くより便利です。買い物時間も15分もあれば充分。バスに乗れば片道10分強。並びのパン屋さんでフランスパンを買って帰りました。早速輪切りにして冷凍。これでしばらく楽しめます。

The theme of the second session of the Japan-China Friendship Lecture Series held at Tianjin University of Science and Technology and presided over by Prof. Liu Jiangyong, who is from Tsinghua University’s Institute of International Studies. His lecture dealt with the relationship between China & Japan in 2008. He had added new pictures and the latest news. He met many famous people when he went to Japan in March. He talked about Japanese paved roads and bathrooms. It must have surprised students who had never been to Japan. I was very glad that he recognized me.

Internet

From Friday to now, the packet level was very low, so the internet service was slow or nonexistent. So, we couldn’t hook up to the Internet. This has happened to us around here many times. But, I am under a lot of stress. This blog is also a rough copy, the reason being that we couldn’t use the Internet for a long time. Since I write this blog once a week, I tend to bring up a lot of topics.

Please forgive me for not returning e-mails immediately. I hope I can hook up to the Internet after the holiday.

“Kiso no saigo (End of Mr. Kiso’s life) ” was a kind of the “Bushi do”

My classical Japanese lesson was about The Tale of Heike . One of student wrote a paper saying that Kiso seemed like the Chinese hero “Xiang Yu.” I gave a question about being humane, and the meaning of life and learning. What is central to our way of life?

The heart Appealed to a Beauty” by Hideo Kobayashi.

This essay was very difficult to understand, even for Japanese. The motif is the principles of life. I introduced “Kusamakura” by Soseki Natsume and Koji Maruyama, who is a sign language interpreter.

Mami Yoshida is my friend. She is supporting Rwandans. She is making artificial legs for disabled Rwandans. I showed some TV programs to my students. They were moved by her work. I helped her a little when I was in Japan. I was wondering about this NGO work from here.   

The Post recording contest

I served as a judge. Most students study English who take part in this contest. Japanese language students only had 3 groups, which were all made up of sophomores. I was disappointed that there were no third years students in this event. On the same day, I spoke with the French teacher in English.   

The Speech contest

I corrected my students’ speech copy. One of them deals with “kindness.” She was moved by Mitsuo Aida’ s words: “You decided your happiness.” If you think that you are happy now, you are happy.

She said that after she heard these words, her life was changed. I was very happy to hear that.

Academic Harassment

Quite a few students were hurt by academic harassment from their teachers. Of course, such teachers are fired for that reason in Japan. But China is different.

“Ears of rice that bear rice bend down”: a person is truly wise if they don’t boast about their own intelligence.  Some people from Japan who couldn’t get jobs in their own country take out their stress on their students and coworkers.

My dream is world peace. I hope for everyone’s happiness. But sad to say, thoughtless people break that dream.

Many of our ancestors built up Sino-Japanese relations. Don’t disgrace their memory.

Every morning, I tried to do taichi with Ms.K.

We got a 32-type taichi sword. But I can’t do it by only myself. We did 24 and 48-type taichi to music. Without music, I can’t do it. I have to remember the movements, all 3 types. It is very good for me to do taichi with her. I do my best.

My Chinese friends came over and played the koto. They do taichi by the lakeside every morning.

I prepared a Japanese breakfast (Tenpura, Sushi and Miso-soup) for them. We enjoyed playing the koto and listening to music.

Ms. Son played the koto. She is very good at it. When I go back to Japan, I will give her my koto.

I hope that she will be able to play the song, “Rokudan no Shirabe.” 

I went shopping.

The Olympic Hotel has a Japanese market. That is a very convenient store. You can get there by 3 different bus lines.

I bought some Japanese foods and French bread. I cut it and put them in the freezer. I can enjoy the taste for a little while longer.      

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