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2008年6月 6日 (金)

天津科技大学中日友好交流講座 第2学期第11回 南村志郎 神奈川県日中友好協会副会長

南村先生も四川大地震のお悔やみから始められました。

そして、周恩来総理とのエピソードをお話し下さいました。周総理の「相手が分かる言葉で、分かるような内容を話さなくてはダメ。」というお考えをご紹介下さいました。そして、周総理に会ったみんなが、周総理に魅了されたとのこと。その中には右翼の人もいたということ。

 人的往来の中身についての吟味の必要性、青年交流では、「行かなければ分からないこと。」を分かって欲しいこと。そのためにホームスティーは有効な手段であるということ。

 旅行社のガイドの実態。「ガイドは政治家であれ!」つまり、中国を好きにして帰さなければならないというお話し。これは日本語教師も同じで、日本を好きになってもらわねば、その価値はないということだと思います。本当に身につまされるお話しで、肝に銘じたいと思います。

 科技大には着物で行ったので、学生記者の方に、写真を撮らせて欲しいと言われました。

『奥の細道』

「夏草やつはものどもが夢の跡」

学生が引き上げた教室で、その残像を心に浮かべながら、あと数回で授業も終わり、そして二年間の任期が終わり、中国を去る日が来ることに思いが至りました。

試験も提出し、着々といろいろなことが進行していきます。合戦の跡を、夏草の生い茂る大地で芭蕉が感じたように、様々なシーンを思い浮かべては、感慨にふけるのは古今東西を問わないのだと思います。次週はいよいよ『万葉集』を始めとする和歌や俳句の学習です。

HSK

とうとう、馬先生の授業が終わりました。20課まで行き着いてしまったのです。寂しいです。土曜日、Kさんから冗談半分に「HSKを受けてみたらどうですか。」と言われ、中国人学生にも、「先生はいつも私達に、チャンスがあったら、何でも挑戦しなさいと仰っていますから、受けたらいかがでしょう。」と言われ、引っ込みがつかなくなりました。でも、あとわずかしか時間がありません。言われた日に初めて過去問を購入。やってみたら、惨憺たる結果でした。今まで、他人事で、全く考えていなかったので、ギョッとなっています。無謀ですが、このままだと中国語の勉強を全くしなくなりそうなので、取りあえず3級(一番下)を目指して受験することにしました。申し込みにKさんも付き合って下さって、模擬試験まで受けることになり、なんだか妙な気分です。副詞の位置、接続詞、介詞など、もっと、ちゃんと意識して勉強すべきだったと反省。まあ、でも、そういうことを勉強する必要があることが分かっただけでも良かったと思います。

チケット購入

7月20日(日)、北京発成田行きの昼便。朝7時半くらいにここを出発することにしました。

約3000元也。4年生は6月23日に卒業式。朝5時くらいから8時まで。

別れの朝を想像したくありません。絶対に泣くと思います。

 専家楼の受付の女性からも、別れを惜しむ言葉を頂きました。皆さんそう思って下さっていると言って下さいました。また、天津に来て下さいとも言われて、もちろん!と答えました。

 天津は私の第二の故郷となりました。

交流処の写真撮影会と会食

外国人教師が周総理の銅像の前で集合写真。私は着物を着ました。その後、少し離れたレストランでお食事会。ほとんどがアメリカ人。ドイツ人2人、日本人2人。会話はもちろん英語。しばらく使っていなかったので、すぐに浮かんで来なかったのですが、それでも、楽しめました。いろいろお世話になった、退職した陳元専家科科長も参加。「中国での滞在はどうでしたか?」と聞かれ、「天津は好きだし、学生も優秀で、大変楽しかったです。」とお答えしました。Kさんに写真を撮っていただいて、早速、皆さんにプリントし、データが必要ならメールを下さるように一筆添えてお配りしました。すぐに、インディアナ大学卒のこの間知り合ったばかりの先生からメールをもらいました。まさか、中国でインディアナ州の関係者と会うなんて思ってもいませんでした。インディアナもまた行きたいです。

そうそう、少し前にChristineからメールをもらって、さくらちゃんの映像を見ました。もう、かわいくて仕方ないのが良く分かります。また、カリフォルニアも行きたいです。

ビジター

この部屋に来て下さった方々は、2年間で延べ、820人になろうとしています。帰国していなかったトータル1ヶ月、また、旅行や研修でいなかった日、学生の休業中を考えると、実質、20ヶ月くらいでしょうか。皆さんのおかげで、寂しい思いをすることなく、思い出一杯の日々を過ごすことが出来ました。本当に感謝感謝!です。

今日来た学生に、「先生は観光地で、中国のどこが一番良かったですか?」と聞かれ、「九サイ溝」と答えました。しかし、今は四川大地震で、大変なことになっていると思います。一日も早い復興を祈らずにはいられません。復興したら、必ず家族と一緒に行きたいと思っています。

そして、本当はこの夏に行こうと思っていた、「都江堰」にも行きたいです。今,私は、「I Love China中国加油!」というTシャツを着ています。多くの人が、四川復興支援の思いを抱いてこのTシャツを着ています。

太極拳

とうとう扇も始めることになりました。最後の最後に、こんなフルコースをやっていいものか、とも思いますが、がんばるしかありません。私は体育苦手なのに~。こんなに毎日のように運動をするなんて考えてもいませんでした。でも、帰国したら、できるかどうか不安です。

昼休みか早朝、やるしかないかしら。放課後は会議ばかりとのことですから。それが一番心配になってきました。少なくても年に一回は天津に来て、李先生に教えて頂かないと、さびてしまいそう。

前に、Yさんの彼が、中国剣法の先生を訪ねて中国に習いに行ったという話を聞いていましたが、その気持ち、今は良く分かります。やはり、中国の太極拳を始め、スポーツの裾野の広さはすごいです。日本の13倍から15倍の人口で、若い人も多いですから、当然なのでしょう。

良き師、良き友、良き学生に出会うことができ、私は幸せ者だと思います。

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