最後の授業
夏目漱石・宮沢賢治・谷川俊太郎・相田みつを等々、お気に入りの詩や文章を紹介し、「世界平和」について、話しをしました。一番大切なことは、皆が平和に暮らすこと。そのためにどうしたらいいか、それを考えるのが人生だと思っています。
夏目漱石は自分の作品を批判する文士についてこんなコメントを残しています。「他人は決して己以上遙かに卓絶したものではない又決して己以下に遙かに劣ったものではない。特別の理由がない人には僕は此の心で対して居る。」一九〇六年二月 森田草平へ宛てた書簡。また、「牛になることはどうしても必要です。~」芥川龍之介と久米正雄に送った漱石の書簡は私の座右の銘でもあります。
漱石が博士号を送られるというのを断ったというエピソードも話しました。森鴎外、森林太郎(もり りんたろう)の話も。
やっぱり素晴らしい人は肩書きにこだわらないのですよね。良く分かります。この2年、様々な方々にお目にかかってきましたが、皆さん、肩書きなどない私をとても大事にして下さいました。それは、お目にかかった方々が素晴らしい方々だったという証拠でもあると思います。
「雨ニモマケズ」のフレーズや「世界全体が幸福にならない限り、個人の幸福はあり得ない」という宮沢賢治の言葉。
「はなののののはな はなのななあに なずななのはな なもないのばな」や「死んだ男の残したものは」に込められた谷川俊太郎の思い。
「幸せはいつも自分の心が決める」(相田みつを)の言葉。など、枚挙にいとまはありませんが、共通しているのは、信念を貫き、命を大切にする考え方だと思っています。
ヒロシマについても話しをしました。南京からヒロシマへ。ヒロシマから南京へ。歩平先生がおっしゃったことも伝えました。
日中の架け橋にお互いがなること。その民間交流こそ、平和への希望であると信じています。
2年間授業でお目にかかった皆さん、つたない授業を受けて下さって、本当にありがとうございました。皆さんが下さった、たくさんの温かいメッセージを胸に、日本に帰ります。そして、いつかまた、皆さんと再会したいと思っています。その日まで、共にがんばりましょう。
HSK試験
終わりました!正直、ホッとしました。せめて3級は受かりたいですが、分かりません。ただ、中国に来たときは、ほとんど何も分からなかったのに、この2年間で、何を言われているのか、少しは分かり、自分も中国語で答えられるようになったこと、特にこの2月以降は、自分なりに頑張ったと思っています。今では、この専家楼の方々と中国語でやりとりしています。試験勉強をやった御陰で、どういう点に注意して、今後勉強したらいいかも見えてきました。 Kさん、そして、Yさんに感謝しています。プッシュしてくれてありがとう!日本に帰っても、勉強を続けようと思います。
そして、家族にも感謝。2年間も、単身赴任させてくれて、本当にありがとう!命の洗濯ができました。それに、お互いに冷静に見つめ合う時間もとれたと思います。応援ありがとう!
関東地方にも暴風雨警報
異常気象、そして地震。地球が悲鳴を上げているのかもしれません。所詮人類など小さな存在だと思い知らされることばかりです。とにかく、できることをできるときに、できるだけ。なんでもそうなんだと思います。皆さん気象や地震に警戒して下さいね。
太極拳
愛大の学生さんもいっしょに馬蹄湖で久しぶりに汗を流しました。皆さんとお目にかかるのは、久しぶりなのですが、温かく迎えて下さいます。本当に懐の広さを感じます。帰国後、ご近所でこんなことができるといいのですが…。
卒業式
朝6時集合。着物を着るので、早寝しますと書いて、寝たら、10時半過ぎに学生から電話。「着物はやめた方がいいとみんな(って誰?)が言っています。目立ちすぎて危険。反日感情を持っている人(学生)もいますから。」とのこと。でも、彼女と20分くらい話して、着物を着ているからって危害を加えるようなそんな学生がいるとは思えない。と答え、着物で行くことにしました。後で、少し悲しくなりました。日本語を学んでいる学生がそんな心配をしなくてはならないということは、彼らが日本語を学ぶ時、どれほど、周りとの関係で気を遣ったことか。最初に挨拶した通り、「日本語を学んでくれてありがとう。周総理の遺志をついで、一番手を組みたくない相手を理解しようと、手を差し伸べてくれたことに感謝します。」というのはやはり当たっていたのだと再認識しました。
5時50分には一人でグランドに入りました。学生はまだ外。ボチボチ集まってきたというところ。車が入る門のところで、工作証を見せて、「我是外国語学院日語老師。我想参加卒業典礼。進入可以ma?」と聞いたら、「可以!可以!」と快く入れてくれました。卒業証書を渡すテーブル横の席に早々に陣取って、待つこと1時間半。7時半にやっと始まり、開会。起立して国歌。(旗は無かったです。)全員呼名して全員壇に上がって、学長以下、学部長等いっぺんに20人くらいから証書を受け取るものでした。その数約5000人。挨拶、校歌(メロディーは「もみの木Christmas tree」)斉唱。終わったのは9時半。学生が心配していたようなことは何もなく、むしろ、挨拶をしてくれたり、一緒に写真を撮らせてと言われたり、良かったです。我が子をビデオやフィルムに収めようという親で、前はふさがり、見えない状態。
後で、過去にも「日本らしい行事を外でしないで。」と、学生に申し入れされ、たとえば、「お月見」をキャンセルしたなんてことがあったと聞きました。反日感情は根強いとのこと。日本でも中国嫌いな人のほうが多いですし、韓国に対しても、チマチョゴリを着ている学生がひどい目に遭うなんてこともあるわけですから、学生の心配は当然といえば当然かもしれません。
帰ってきてから、卒論を担当した学生と一緒に食事。去年と同じ、ステーキ。ニンニクチャーハン。思いがけずカマルとセドゥも途中から参加してくれて、楽しい思い出ができました。それから、模擬試験の結果を聞きに行きました。聴解は4級レベル。閲読は5級レベルでした。でも文法が全然ダメ。3級に4点足りず。それから二胡を買いに行きましたが、またしてフライング。楽器の上部にヒビがあったのです。担当の先生に、お琴を演奏した人だろう。HSKも受けたよね、知ってるよ、と言われました。明日また行くことになりました。
夜半から雷雨。今日でお別れ。それぞれの道に進む学生達。いつか天津で、そして日本でも会いましょう。
最後の試験
まず3年生は記念撮影。これでもう二度と会えなくなるかも知れない。そんな思いがこみ上げてきて、泣きそうになるのをこらえ、笑顔をつくっていました。黒板に「我愛你们!祝你们健康,幸福!谢谢!再见!欢迎你们来日本!」と書き、テストが終わって提出する一人一人に声をかけました。
19人
その3年生が、夜、花束とお皿を持って来てくれました。みんなで集合写真を撮ったあと、一人一人と撮影会。みんなありがとう!今まで最高12人がこの部屋に来たことがあったのですが、記録更新です。通算で855人。
本当にいい想いをさせて頂きました。皆さんが世界平和の架け橋となって下さることを切に願っております。
加害者
最近、日本では死刑が執行される件数が増えているという報道がありました。連続少女殺人事件を起こした犯人は、死刑執行まで、何の反省の言葉も被害者と家族に対して言わなかったというのを聞いて、ご家族の方々はどんな気持ちだろうと思いました。ひどい目にあった人に対して、謝罪の一言もなく、しかも、その加害者がのうのうとしていて、その上、周りが加害者をかばったり、何もなかったように扱ったりするのは、個人レベル、国家レベルであることですが、こんなことだから、平気で不正義がまかり通るのだ、と思います。
日本でも、南京虐殺はなかった、などと言う者がいるのは恥ずかしいことです。もちろん個人レベルでも、謝罪しない者は許されません。「良心の呵責」という言葉が通用しない人間もいるのでしょうか。中村哲さんのいう「人間は愛するに足る」というのは、ギリギリの生活をしている人々の、食べるための悪事を言うならわかりますが、人格破壊を起こしている人間には通用しないんじゃないか、とやはり思います。
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コメント
おつかれさまでした~
お互い良い結果が出ると良いですね!
投稿: huizi | 2008年6月22日 (日) 22時38分